2007年07月22日

宗教の解釈。


この記事は少し前の記事ですが、クリスチャンの私としては放置しておけない話題です。

私はプロテスタントなのですがこのニュースには驚きました。

たしかにカトリックの神父(聖職者)は基本的に生涯神様に仕えるものとして結婚はしないので本来ある人間の本能に反しているのでこういったことが起こるのは不思議ではないです。

しかし、これはどこで彎曲したかは定かではないですが本来聖書は神が男一人では良くないと最初の人間アダムにエヴァ(イヴ)を遣わしたのです。

おそらくイエスキリストが生涯独身で伝道し十字架に殉じたからでしょう。(教義上婚姻関係はあるが、事実上伝道に従事したため婚姻生活は無い)

しかし、旧約・新約の聖人も独身を通したものもいれば妻を娶った者もいます。

しかしイエスキリストは神から前世においてそういう取決めを神と交わしたこととしてきたからです。

この現世の人間は皆母から生まれ育っている以上聖職者と言えど結婚する資格はあるのです。

子を儲けてむしろ家庭で教えを実践してはじめて信者の人へのいい伝道になるのではないでしょうか。

イエス・キリストは上記の約束からマリアの処女受胎と言う特殊な誕生という表現で何らかの象徴とされたのだと思います。

カトリックも数年前ヨハネ・パウロ二世教皇がダーウィンの進化論を肯定する発言をしたニュースを聞いたことがある。

この21世紀いっそのことプロテスタントとよく話し合って解釈をすり合わせてみてはいかがでしょうか。

posted by muenzaka at 23:08| 愛知 霧| Comment(0) | TrackBack(0) | 世相 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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